エリクソンに帰れ

2022年に出版されたエリクソン心理学(アイデンティティ論)の教科書。エリクソン(1902−1994)は、発達心理学者でユダヤ人迫害を逃れてアメリカに移住して活躍した。24歳くらいまで芸術の道を志していたが、アンナ・フロイトに師事して心理学者、精神科医の道を進んだ。当時は医学部に通わなくても精神科医になれたとか。ただし、自分では、心理学者ではなく芸術家と認識していたらしい。

今更エリクソンの本を何冊も読んで、その後の研究の蓄積を追いかけるのはしんどいなという人が最初に読む本としてはいい教科書だと思います。

エリクソン心理学の概要をまとめた第1章からいくつかポイントを。

1)アイデンティティは、「私はXである」という自己定義とは異なる。

→エリクソンは、むしろ、自分の中で自己認識が分裂したり、移行期で決定が難しくなるような危機の中で形成されていくものとしてアイデンティティを捉えている。

2)アイデンティティは、社会や身体、自我の状況に影響を受ける。

3)インクルーシブ・アイデンティティとは、一人の人間の中にある複数の集団に対するアイデンティティを統合するアイデンティティである。(自分の中のダメな部分としての否定的アイデンティティを肯定的なアイデンティティと統合させること)→ここは、重要で、インクルーシブとは、黒人のようなマイノリティを排除しない、ということではない。白人にとっての黒人像が自身の否定的アイデンティティの投影であることを認めて、白人の意識の中でアイデンティティーを統合することになる。個々人の中の分裂したアイデンティティの全一性の回復にフィーチャーした考え方だったのだ。

ダイバーシティを推進していけば行くほど、アイデンティティの対立が集団内で広がる。これは否定できない事実であろう。

しかしながら、「私はXである」という派閥抗争ではなく、「私の中に、XとYがあるが、どちらも私である」という感覚を多くの人が持つという意味でのD&Iならば、少し景色が違って見える気がする。

この記事を書いた人